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箱庭<灰色と死神>]U・終


「バルサさま。お願い」

酷いことをしないでと少年は懇願し、その願いを精霊は叶えた。
緑の瞳の中で蠢いていた憎悪は瞬く間に姿を消し、精霊は己を呼んだ少年の側へと駆け寄った。
誇り高き精霊が地に膝をつき、幼い少年と目の位置を合わせた。

『お泣きでないよ、愛し子。怖い思いをさせてしまったねぇ。酷い事は何もしないから、私を許してくれるかぃ?』

少年とを隔てる木の根に触れながら、精霊は慈しみのこもった声音で告げた。零れ落ちる涙を手の甲で拭いながら少年はこくりと頷き「ごめんなさい」と呟いた。

『なにを謝るんだい?お前が謝る必要なんて少しもないよ。すべて私が決めた事だ。お前を責める者なんてどこにもいやしなぃよ。私がそんなことなんてさせやしないさ』

誰にも誰であっても、私の愛し子を傷つけさせないと緑の精霊は誓い、死神は愕然とした。

わかっていたことだ。それでもこんな事が赦されていいのか。双子の神のすぐ側にあることを許された、至高の存在が、ヒトに跪<ひざまず>くなどと……。

「なんということを、灰色さま。誇り高き精霊の導き手が、ヒトにかしずくなんて」

どんなに望もうと、触れあうことすら出来ないヒトに、木の精霊は心を奪われたのだ。時も世界も、彼らのまわりにある全てが二人を隔てるというのに。
なんと、愚かな事であろうか。

『私の誇りはこの子だ。この子と共にある日々を得られるならば、他に何をのぞもうか。さぁ、はやく失せるが良いよ、死神姫。優しい愛し子が貴様の死を厭<いと>うならば、今回だけは見逃してやろう』

もはや、憎しみさえも死神に向けることはなく、ただただ、目の前の儚い命だけをその瞳にうつしていた。


盲目的で身勝手な恋に狂った精霊から視線をはずし、死神は彼らに背を向け歩き出した。

風が吹く、砂煙が舞い上がり、その向こう側に、死神の姿は溶けるように消え去ったのであった。



―終―






箱庭<灰色と死神>]T

彼女が腕を振るうと死の鎌は蛇のようにしなやかにうねる。

それに絡め取られた緑の髪が、花びらに姿を変え、泡沫<うたかた>の幻のように消滅した。

空を揺るがすような悲鳴が上がった。

水の精霊が生み出した盾が、緑の精霊と死神を隔てた。

透明な盾を挟んで、交差する緑と赤の瞳。
寒気を感じるほどの、殺気が、その場に生まれた。

『緑の方様!お静まり下さい!』

『おかしな事を、水殿。友を傷つけ、我の愛し子の命をも脅かすモノを前にしてか?』

緑の瞳の奥で、憎悪がちらついていた。
かつて、こんなにもまざまざとした感情を、彼から向けられた事があっただろうか。

生まれ落ちた日の……ワタシの産声を止めるためにこの喉を貫いた、あの瞬間の嫌悪さえも遥かに凌ぐ、深く冷たい殺意。

砂が混ざった地から芽吹く、儚い草花の命を靴の底で枯らしながら、黒い大鎌を構えた死神は唇を開いた。

「灰色様……いえ。緑の木の精霊よ。神は確かにあなたを赦された。しかし、あなたの犯した罪は償い切れぬほどに大きい。いつか、あなたが歪めた魂が世界の敵になるならば、ワタシ<死神>は己の使命を全うするために、あなた方を滅します」『己の意志ももたぬ神の人形ごときが、我を滅するだと?よくぞほざいた!人形ごときに、灰色の名を持つモノを滅することが出来るか、今試してみるがいい』

水の精霊を押しのけ、片手に生み出した光の刃を握りしめながら緑の精霊が一歩を踏みだしたその時。

「止めて!バルサさま」

木の根で作られた守りの結界の中で、少年が叫んだ。

空を抱いた瞳が、涙の向こうで揺れていた。ぽたぽたと地面に落ちた水が、地を濡らした。

金色の髪が揺れて、きらきらと輝く。ああ、まるで光の子ではないか。



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箱庭<灰色と死神>]

幼い少年の背に黒い刃を振り下ろした事は、まるで遠い世界の出来事のようだった。

風がおきた。
地を割って天に伸び、少年の身体を庇うように包んでいるモノは、大樹の根だった。

水の精霊が水の盾をつくりながら、緑の精霊を守るように立ちふさがった。

青い空色の瞳が、悲しみと恐怖を宿しながら揺れている。

「風様!」

駆け出そうとする小さな身体を、大樹の根が遮った。
地に、風の精霊が倒れていた。少年を庇って、死の鎌に貫かれた精霊が、消滅の苦しみに喘いでいる。その向こうで、瞳に怒りを宿した緑の精霊が己の敵を見ていた。

『これは、双子の意志か?死神よ』

緑の精霊の声音は地を這うほどに低く、それは死神だけではなく傍らの少年までも怯えさせた。

ワタシは。

『こたえよ。私の罪を許す代わりに、我が愛し子の命を奪えと、そう命じたか?』

あれらがそう命じたのか。

冷たい怒りの声音が、ワタシを貫いた。

ワタシは。ワタシは何故。

死神は数歩後ずさり、まるでこの世に生まれ落ちたあの日のように、その心を恐怖と混乱に満たしていた。

灰色の、緑の瞳が、眼前に迫った。

死神姫の細い首を片手で締め上げながら、緑の精霊は憎悪と怒気を含んだ瞳で、彼女を睨みつけた。


『これが双子の意志ならば、あれ等に伝えよ。「我はこの先、この身と魂のすべてをかけて、愛し子を守だろう。世界と対立する事になろうとも、我が意思は揺るがぬ」
死神よ。二度と、我が友と愛し子に近づくな。我のモノに害をなすならば、世の果てまででも追い詰めて、貴様を消し去ってくれよう』


世界と対立しても……。

それほどまでに、その惰弱な魂が大切なのですか?灰色様。

全てを失ってもかまわないほどに?

訊くまでもない、答えはすでに示されていた。
灰色は、罪を犯した。双子の創り手がそれを赦そうとも、事実は覆せない。

心臓の代わりに、少年を生かし続ける緑の光。それが罪。それこそが、彼がヒトを愛した証でもあった。

「ワタシは、死を、司るモノよ」

死神は緑の精霊の冷たい掌の中で喘ぎながら、それでも確かにそう言った。

これは、ワタシの意志だと。




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箱庭<灰色と死神>\

風や水の精霊の、嫌悪が混じった視線は特に気にならなかったが、灰色の言動や態度はワタシの心を揺さぶった。
ああ。もう早くこの場から立ち去ってしまおうと、彼らに背を向けて一本踏み出したその時だった。

「精霊さまー!緑の精霊さまー!」

空を閉じこめたような青を瞳に宿し、光に包まれたひとりの幼い子どもが、息を乱して走ってくる。

ワタシはその子どもの胸のあたりで、鈍く輝く光を凝視した。
心臓の上。
チカチカと点滅する光。

子どもから、生きている生物の音。心音は聞こえない。止まったままのそれの変わりに、緑の光が輝ていた。

『こら。走ってはいけないよ』
少年を迎えるために、緑の精霊はふわりと地に降りた。

竪琴を抱えた少年は死神の横を駆け抜けて、大樹の前で止まった。頬を薄紅に染め、不安と焦りが綯い交ぜになった顔で緑の精霊を見上げた。

風の精霊はにっかりと笑い少年に挨拶をし、水の精霊はすっと彼らから距離をとった。
死神の目には少年の背中と灰色の顔しか、うつっていない。



この少年が。
灰色様の特別なの?




憧れて羨(うらや)んだ灰色が、決してヒトを愛そうとはしなかった彼が、世界を敵に回しても守ったもの。

すぐ側に彼らはいるのに、彼らの声は聞こえない。世界から音が消えていた。自分の心音だけが、ドクドクとうるさかった。そして、灰色が、笑った。

慈しむような、切なげな、愛しさの溢れる眼差しで、ふわりと、笑った。



衝動に死神姫は我を忘れた。

いったい何が彼女をそうさせたのかは誰にも分からない。彼女自身にも分からなかった。けれども死の鎌は確かに彼女の手の中にあって、哀れな死神は衝動の赴くままに腕を動かしていた。




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箱庭<灰色と死神>[

世界との繋がりを絶たれて、ひとりぼっちの孤独な魂と成り果てたのに、なぜ彼は眩しいほどに輝いて見えるのだろう。

ワタシは今すぐにでも、この場所から消え去ってしまいたい衝動に駆られた。

おかしな話だ。
禁忌を犯したのは灰色で、ワタシはただ主君たちの命に従っているだけなのに。

「灰色様。これは神の慈悲に他ならない。貴方を慈しむ創り手が差し延べた、希望の光」

いつの日か。遥か遠い時の彼方。『楽園』の野を三人で駈けようと、双子の神は願った。
白と黒と灰色。
『楽園』に死神(ワタシ)はかえれない。

灰色は世界から放たれて、ひとりぼっちの孤独な魂と成り果てたが、双子の神は彼の存在を赦した。なんという慈悲だろう。
同じ楽園に生まれでた、貴方とワタシ。

「木の精霊としての役目が終わる日に、あなたの罪を赦すと、創り手は申されました。孤独の中に身を沈め、器の滅びの日までここにあり続ける事が、罪深い貴方への罰」

『シロハナの我儘と、クロハナの気紛れか……困った親だ』

彼は不敬にも神を名指し、クツリと笑んだ。




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