「遥か昔、戦乱の時。平和を願ったある男が、王となるために剣をとった。数え切れない屍の上に国を創り、男は黒鷹と呼ばれる支配者になったわ。あの日から彼の片方の羽……ルフナード・クレイツァーは黒鷹の為に存在するモノになった」
「火蜥蜴」
「だけど、それはあくまでも過去の話。関係も思いも愛も変わってゆくの。約束があり続けたとしても、心まで縛り続ける事は出来ないわ」
「だから?」
だから、それが何だというんだと、彼は尋ねた。
「そうね、何なのかしら。……ねぇ、隊長さん。貴方が本当に守りたいヒトは誰?」
あなたが愛しているのは誰?
彼女の問い掛けに、彼は笑う。
「俺の主は陛下だ。陛下を助け、望みを叶え、憂いを晴らす事が、俺の存在理由だ」
「『あのヒト』がそれを望まなくても?」
銀色のメダリオンが鈍く光る。もういいよ、と泣いているみたいだ。
もういいよ、と。
「俺の望みだ」
彼は笑う。
いつも、笑っている。
『痛いも苦しいも隠して見せてくれない』と叫んだあの坊やみたいに、貴方の傷が見たいと。癒したいと、支えたいと、そう言えることが出来たらどんなに素敵だろう。
ああ。だけど己は精霊で、彼はヒトだ。
己で選んだ道だと。そう、告げられるから。
精霊にはない強さと弱さ。
「馬鹿な子」
してあげられる事なんて、一つもない。体を合わせても、心までは繋げない。
彼女は彼の頬を両手で包む。
「聞いて、愛しくて愚かなあなた」
私は精霊。
ヒトがヒトを愛するように、あなたを愛してあげることは出来ないわ。
だけど。
「あなたが望むなら私は、私の命にかけても、あなたとあの子を逃がしてあげるわ」
「あの子?」
ふわりっと彼女の体が宙に浮かんだ。
あたたかな体温が、唇を奪った。悲しみに陰った瞳が彼の姿をうつしている。
「酔った勢いで、可愛い告白をしたあの坊やよ。あの子となら、あなたもきっと幸せになれたのに。…………またね、私の愛しいヒト」
三度目の口付け。
赤い炎の向うに女の姿は消え、彼はしばらく天井を見上げていた。
ベッドの上の紫色の布を取り、メダリオンをそっと乗せた。
「…………」
鳥と獣。
古い古い時代の、遺産。
二つに分裂する前の国。鷹王と獅子王を示す、紋章が描かれたもの。
稀少価値がとても高いそれを、譲り受けたあの日。
後悔があるとすれば、一つ目の約束を守れなかった事だ。彼は、メダリオンにそっと唇を寄せた。
優しい、接吻(くちづけ)。
だけど、それに込められた思いは、何より深く熱かった。
愛する女に贈る接吻(くちづけ)よりも、真摯に。
「誓います。俺の全てをかけて、あなたの願いを叶えると」
果たす事の出来なかった一つ目の約束の変わりに、今度こそ必ず。
その誓いが、己を支え続ける限り、赤鷹は戦場を駆けるだろう。沢山の屍を積み上げて。大地に嘆きを響かせて。
孤独な道を彼はゆく。
布に包まれたメダリオンは、引き出しの奥に再び隠された。
一人の男の、過去も未来も人生も命も。その全てを捧げた誓いを抱いて、それは暗い闇の中。
「さぁて。今日もシゴキますかね」
コキコキと肩をならし、彼はドアへと向かった。
―ルフ
闇の中のメダリオンが、鈍く輝き誰かを呼んだ。
だが、その声に応えるモノはいない。
眩しい朝の太陽に目を細め、彼は歩き出す。
ギィッ……バタン。
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過去に誓いの接吻(くちづけ)を・終
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