「妖狐様ぁー、また猫がー!!」
えーん、と妖狐に泣きついてくるのは妖狐が可愛がっている拾われ子、小狐の結菜。
「よしよし、猫がどうしたえ?」
吸いかけの煙管を置くと、微笑みながら結菜を抱きしめてあやすように撫で、瞳をじっと合わせてやる。
こうすると結菜が少し落ち着く事に妖狐は長年の経験から知っているのだ。
「狸じゃなくて、猫ごときに化かされました!」
半泣きで、結菜は相変わらず勝手に狐の森に入ってきた猫に『次に来るまでに九九の八の段を『本当に正しく』言えたら油揚げを妖狐に土産に持ってきてやろう』と言ったので答えると、と説明しようとすると…
「妖狐、お前さんの教育はどうなってるんだい?」
いつの間にか、背後に猫が忍び寄って結菜がビクッ!として背筋を伸ばす。
半泣きの顔を着物の袂で拭うと妖狐の腕の中から自分の下座にある座布団に移動すると結菜は猫に『キッ!』と視線を向け
「私は間違ってません!八の段は狸です!」
と、妖狐も首を傾ける結菜の一言。
「結菜…九九は妾は教えてないえ?何て答えたのかえ?」
「はい!聞いて下さい!前に猫に八の段だけ習ったんです」
得意気な顔で妖狐に満面の笑みを浮かべると猫が問うた『八の段』を言い始めた。猫は笑いながら妖狐の隣に居座ると御膳に並べてあった柳葉魚[ししゃも]の揚げ物を一匹パクリと喰らう
「八一が一、八二が十六…」
最初は良かった
何処が狸の段なのかと聞いていたが九九に狸が関係するわけが無い。まして猫が化かすとも思えない妖狐だが八八[ハッパ]を聞いて思わず頭を抱えた。結菜の言った八の段は狸の八の段、それは…
「八七、五十六、『八八、狸が使うから狐には関係無い!』八九、七十二」
言えました!
えへん。とでも言いたいのかキラキラの笑顔を妖狐に向ける結菜
「結菜…」
はぁ、と頭を抱える妖狐の反応に結菜は頭に『?』を浮かべ、どうしたんですか?と不思議そうに妖狐を見つめる。
「お前さん、足し引きしか教えてなかったのかい?」
追い討ちを掛けるようにクスリと笑う猫
「結菜…八の段の八八は六十四じゃえ?」
「………………え?」
現代風に云う、フリーズ状態の結菜
「本当に信じるとは思いもしなかったがね」
クスクス笑う猫に妖狐は軽く扇で猫の頭を叩く。
「痛いねぇ、何するんだい。お前さんが足し引きしか教えてなかったのが原因だろう?」
アタシャ悪くないよ、と悪びれもなく妖狐の魚をもう一匹パクリ。
「結菜…明日から妾が九九を教えるから猫の言う事は信じてはダメじゃえ?」
溜息を吐きながら結菜に苦笑。
結菜は
「やっぱり猫に化かされましたー!」
そう言って、うわーんと半泣きの結菜をからかう為に猫が、わざと居座る三日間、結菜は部屋から出て来なかったのでした。
「馬鹿な子ほど可愛いと言うが本当に馬鹿なのは困るえ?」
止めておくんなまし、と妖狐は帰ろうとしない猫に仕方なく土産として魚を持って強制的に帰らせたとか
そんなお馬鹿なお伽話