コスモスを見て、綺麗だね、と君は言った。
大きいもので、君の鼻先を擽るほどに成長しているコスモスは、君を彩るのにちょうどいいスパイスになった。
笑顔でコスモスと戯れる君。
愛おしい。
お土産に一つ持って帰ろうと手を掛けると、驚いたような表情で僕に迫ってくるもので。
慌てて後ずさった僕のすぐ側に、君の顔が。
「千切っちゃだめだよ!」
「え、…あ。」
「可哀想だ。」
「君によく似合うので、一差し持ち帰ろうかと」
「それはだめだ。ここに居てこそのコスモスだ」
吐息の掛かるほどの距離。
そんな自覚のない君は、僕が手を掛けようとしたコスモスに愛を向けている。
まるで三角関係。
君が僕の恋する対象だと知らずして、君はこのコスモスに愛を魅せた。何百と咲くこのコスモスに。
恋とは、とてもじゃないがおしとやかではない。
博愛主義な君が、幾万と存在する生物に愛を向けているのは存じ上げている。
それでもここで、恋をしたのだ。
コスモスに向ける笑顔の君に。
コスモスと戯れる笑顔の君に。
まさか最初の嫉妬相手が、コスモスだなんて思わなかったよ。
なんてね。はは。
ずっと、ということばが、如何に安易的で、如何に重くて、如何に呪縛性を伴うかを、やつは知らない。
ずっと一緒にいよう。
そのずっととは、いつまでなのか。
高校が終わるまでなのか、大学が終わるまでなのか。はたまた三十路に至るまで?まさか。
そんな先のずっとが、存在するはずがない。
俺は今まで、何度も各方面からずっとという言葉を貰ってきた。
ずっと仲間、ずっと恋人、ずっとメンバー、ずっと、ずっと。
そう、その紡がれた言葉たちは、ほんの数ヶ月で滅んでいった。
だので、ずっとなんて言葉がこの世で一番信じられないと思っている。
どうせいつか終わる縁なれば、ずっとなんてあやふやにせずにいつまで、なんて有限にしてもらった方が気が楽だ。
しかし、俺がそんな気持ちをいだいているなんて知る由もないこいつは、いとも容易くずっとという言葉を使いやがった。
「ずっとって、いつまでだ?」
俺が眉間にシワを寄せて問い掛けても、すんと澄ました顔で首を傾げてこういう。
「ずっとはずっとだ。それ以外に何がある?」
わかってない。
わかっていない。
俺の気持ちが爆発するまで、多分あと少しだろう。
ずっとなんてものはない。
そうキレるまで、あともう少し。
人間不信の僕のこころを、勝手に解そうとしないでほしい。
秋羽紅葉が、颯爽と俺の懐に潜り込む。
まるで猫のように、するんと自然に、だ。
誰かを頼るのも、誰かも信じるのも苦手な僕は、そんなプライベートゾーンに踏み込まれるのが嫌なはずなのに、どんなに引き離してもくっついてくるこの野郎。
紅葉は、名前に似合ったらオレンジのふわふわな髪の毛を僕の頬にぐりぐりと突きつけた。
それは鼻をかすって擽ったい。
でも、どうしてそこまでして僕の懐に入りたいのかはわからなかった。
「佐久浦は、どうしてそんなに独りなの?」
突然問われたその声に、よくも分からないひょんとした声がこぼれた。
独りのつもりはないし、独りになりたいわけでもない。
ただ、他人を信じることが怖くて、弱音を見せて頼るくらいなら1人で片付けたほうがマシだと、そう思うのだ。
だからそんなカンペキを求める僕に、次第に人もついてこなくなる。
いつの間にか、周りには誰も居なくなる。
いつもそうだった。
そんな感じで世界が終わる。
はずなのに。
「ねぇ、佐久浦のメアド教えてよ」
幾ら無視してもついてくる。
変に懐いてきた同級生の秋羽紅葉。
人懐っこい性格なのは知っていたが、いざそれが自分に降りかかるとなるとやはりかなりのしんどさを伴った。
こんなに長時間、誰かと居たことがない。
「俺、人間不信なんだ」
そんなことを言えば引いて、きっと居なくなるだろう。
そう思ったのに。
秋羽は笑ってこう言った。
「そうなんだ、よかった。僕は宇宙人でさ」
だから話が合うはずだ、なんて言われて、
はいそうですかと納得出来るわけもなく。
とはいえ思いもよらない発言に思わず笑みを零した。
ばれないように口元に手を添えてもバレるものはバレる。震える肩を抑えることは出来なかった。
「あ、本当なんだからな?」
「はいはい」
僕のこのクラスで、唯一会話できる存在は宇宙人。
これはこれでありなのかもしれないと、そう思った昼下がりなのだった。